三中 信弘 (農環研,東京大院農学生命科学)
安倍 弘 (日本大学生物資源科学部)
五箇 公一 (国立環境研究所侵入生物研究チーム)
神崎 菜摘 (鹿児島大学農学部)
下埜 敬紀,佐々木 秀明,川井 浩史 (神戸大学内海域機能教育研究センター)
系統樹ベースの比較分析が近年の進化生物学において広く普及するとともに,単一の系統推定問題だけでなく, より高次の「系統推定」を行なう必要性が高まってきた.その問題状況を体系学の過去に沿ってたどると, 1970年代の歴史生物地理研究,1980年代の共進化研究, そして1990年代の遺伝子系譜学研究という三つのツールを見出すことができる. 個別の生物群に関する系統樹を推定するための理論と手法が論じられていた時期と並行して, 複数の系統樹間の比較やそれに基づく推論がなされてきた.
「複数の系統樹間の比較」は上に挙げたいくつかの研究領域で別々に論じられてきた. それらに通底する共通の問題状況があること,そして解析のツールを共有することが可能かもしれないという認識が 次第に広まってきたのは1990年代に入ってからのことである.
歴史的関連(historical association)・地理的分断(vicariance)・共系統(cophylogenu)・ 共進化(coevolution)などという互いに関わりのあるキーワード群が浮上してくる.系統地理学(phylogeography) や歴史生態学(historical ecology)という新しい研究分野もこれまでの生物地理学と密接に関連しあう. ある系統発生と進化的に関連する別の系統発生があるというケースではいつも同様の推論問題が生じる ― その関連の存在はどのように推測されるのか,そしてなぜそのような連関が生じたのか. 単一の生物群の系統推定問題と,ある部分で類似し,別の部分では異なる問題群がそこにはある. 系統発生パターンとしての系統樹の樹形一致や地理的一致,進化プロセスとして一致要因の探求, さらには統計学的な信頼度やモデリングの考察も関わってくるだろう.とくに, 塩基配列データに基づく分子系統樹の浸透は,従来ならばなかなか得られなかったであろうケーススタディを可能にした.
今回のシンポジウムは〈共進化の生物地理学〉と銘打った. その共通テーマは単一の系統樹を超える高次レベルの推定問題にある. 伝統的な歴史生物地理の分布解析はもちろん,宿主/寄生者・共生者の共進化,あるいは捕食者/被食者の進化生態は, うまくいけば同一の土俵で議論できるかもしれない.系統推定の進むべき新たな領域が見えてくるかもしれない. 個々の事例の分析を踏まえた考察とともに,それらをどのように一般化できるかは理論的にも実践的にも 知的な挑戦といえるだろう.